150 研究領域の現状
奥 村 久 士(准教授) (2009 年 5 月 1 日着任)
A -1).専門領域:理論生物物理学,理論化学物理学
A -2).研究課題:
a). ポリアラニンのマルチバーリック・マルチサーマル分子動力学シミュレーション b).ペプチドの部分的マルチカノニカル分子動力学法の最適化
c). ファンデルワールスレプリカ交換法の提案
d).生体分子の分子動力学シミュレーションプログラム GE MB の高速化
A -3).研究活動の概略と主な成果
a). 最近提案したマルチバーリック・マルチサーマル法は加熱,加圧による物性の変化を正しく調べることができる。温 度・圧力の変化によるペプチドの構造変化を議論するため,この方法をポリアラニンに適用した。その結果,αへリッ クスや 310へリックスのヘリックス構造やポリアラニンの主鎖の間で水素結合のできていないアンフォールド状態が 得られた。また温度を上げてもまた圧力をかけても,アンフォールド状態に対するヘリックス構造の存在確率は減る ことがわかった。さらにヘリックス構造とアンフォールド状態の間の部分モルエンタルピー差と部分モル体積差を求 めることができた。
b).マルチカノニカル法は有力な方法であるが,大きな系ではポテンシャルエネルギーの分布が. (N は粒子数)に 比例して鋭くなるので事前に重み因子を決めるのが難しくなる。この問題を解決するために提案した部分的マルチカ ノニカル法では,多くの構造をサンプルするのに重要なポテンシャルエネルギー項についてだけ広くカバーする。生 体分子系においてどのポテンシャルエネルギー項を広くカバーするのが最も効率的が明らかにするため,アラニンジ ペプチドを例にポテンシャルエネルギー項の多くの選び方について調べた。その結果,レナード・ジョーンズポテン シャル,静電ポテンシャル,二面角ポテンシャルの和を広くカバーするのが最も効率良く多くの構造を探索できるこ とがわかった。
c). 生体分子のシミュレーションではレプリカ交換法もよく使われる。この方法では系のコピー(レプリカ)を複数用意し, これらのレプリカ間で温度交換がおこなうことで,効率的な構造空間のサンプリングが実現される。しかし,自由度 が大きい系を扱う場合,多数のレプリカを用意する必要がある。この問題点を解決するため,最近ファンデルワール スレプリカ交換法を提案した。この方法ではレプリカ間で温度を交換する代わりに,原子半径(ファンデルワールス 半径)を記述するパラメータの交換をおこなう。これにより原子間の立体障壁を取り除き,構造空間の効率的サンプ リングを実現する。また,タンパク質内の相互作用に関わるパラメータのみ交換することで,水中のタンパク質系に 対するレプリカの増大を抑えることが可能である。
d).これまで独自の高速分子動力学シミュレーションプログラム Generalized-E nsemble. Molecular. Biophysics(GE MB)プ ログラムを開発してきた。このプログラムには以下のような特徴がある。
. (1).拡張アンサンブル分子動力学法により多くの構造を効率よく探索できる。 . (2).シンプレクティック解法を用いているのでシミュレーションを安定に実行できる。 . (3).多時間ステップ法を使って高速にシミュレーションを行う。
. このプログラムをより高速化するため,OPE N.MP と MPI の両方を用いて2重並列化した。
研究領域の現状 151 B -1). 学術論文
S. G. IOTH, H. OKUMURA and Y. OKAMOTO, “Replica-Exchange Method in Parameter Space: Overcoming Steric Restrictions for Biomolecules,” J. Chem. Phys. 132, 134105 (8 pages) (2010).
H. OKUMURA, E. GALLICCHIO and R. M. LEVY, “Conformational Populations of Ligand-Sized Molecules by Replica Exchange Molecular Dynamics and Temperature Reweighting,” J. Comput. Chem. 31, 1357–1367 (2010).
S. G. ITOH, A. TAMURA and Y. OKAMOTO, “Helix-Hairpin Transitions of a Designed Peptide Studied by a Generalized- Ensemble Simulation,” J. Chem. Theory Comput. 6, 979–983 (2010).
B -3). 総説,著書
H. OKUMURA, “Generalized-Ensemble Molecular Dynamics and Monte Carlo Algorithms beyond the Limit of the Multicanonical Algorithm,” Adv. Nat. Sci.: Nanosci. Nanotechnol. 1, 033002 (2010).
奥村久士 ,.「マルチバーリック・マルチサーマル法と部分的マルチカノニカル法」,.アンサンブル .12, No. 2, 23 (2010).
奥村久士 ,.「分子動力学シミュレーションにおける温度・圧力制御第6回:マルチカノニカル法とマルチバーリック・マルチサー マル法」,.アンサンブル .12, No. 1, 64 (2010).
B -4). 招待講演
H. OKUMURA, “Some molecular dynamics simulations of Lennard-Jones fluid,” Seminar at Institute of Physics, Academia Sinica, Taipei (Taiwan), November 2010.
H. OKUMURA, “New generalized-ensemble algorithms for alanine dipeptide and polyalanine simulations,” 2010 NCTS November Workshop on Critical Phenomena and Complex Systems, Taipei (Taiwan), November 2010.
H. OKUMURA, “Generalized-ensemble molecular dynamics simulations of alanine dipeptide and polyalanine,” The ACP 17th workshop on Recent Development in Computational Statistical Physics, Tokyo (Japan), October 2010.
H. OKUMURA, “Generalized-ensemble molecular dynamics simulations of a peptide,” Indo–Japan Joint Workshop on New Frontiers in Molecular Spectroscopy; from Gas Phase to Proteins, Kobe (Japan), September 2010.
H. OKUMURA, “Generalized-ensemble molecular dynamics with limited degrees of freedom for biomolecules,” The 10th Taiwan International Symposium on Statistical Physics, Taipei (Taiwan), July 2010.
H. OKUMURA, “Generalized-ensemble molecular dynamics simulations of alanine dipeptide,” The First International Workshop on Computational Biophysics, Ho Chi Minh City (Vietnam), February 2010.
S. G. ITOH, “Dimerization of amyloid beta-peptides studied by the multicanonical-multioverlap algorithm,” 2010 NCTS November Workshop on Critical Phenomena and Complex Systems, Taipei (Taiwan), November 2010.
奥村久士 ,.「分子動力学シミュレーションにおける温度・圧力制御手法」,. 第4回分子シミュレーションスクール—基礎から 応用まで—,.分子科学研究所 ,.岡崎 ,.2010 年 12月.
奥村久士 ,.「分子動力学シミュレーション手法の開発と核融合科学との連携」,. 第1回「自然科学における階層と全体に関する 新たな学術分野の開拓」ワークショップ ,.分子科学研究所 ,.岡崎 ,.2010 年 10月.
奥村久士 ,.「分子動力学シミュレーション手法の最近の進展—プラズマ科学との連携に向け—」,. 第4回シミュレーション 科学シンポジウム,.核融合科学研究所 ,.2010 年 9月.
152 研究領域の現状
伊藤 暁 ,.「レプリカ交換法の生体分子への応用と改良」,. 理論生物化学物理研究室セミナー ,. 名古屋大学 ,. 名古屋 ,. 2010 年 10月.
伊藤 暁 ,.「Improvement.of.T IGE R .(T emperature.Intervals.with.Global.E nergy.R eassignment).method」,.理論生物化学物理研 究室セミナー ,.名古屋大学 ,.名古屋 ,.2010 年 4月.
B -8). 競争的資金
科研費若手研究 (B),.「ナノスケールの非定常流を記述する流体力学の統計力学的検証」,.奥村久士.(2005年 –2007年 ).
C ). 研究活動の課題と展望
これまでにマルチバーリック・マルチサーマル法,部分的マルチカノニカル法,ファンデルワールスレプリカ交換法などの新 しいシミュレーション手法を開発してきた。これらの手法はサンプリング効率が高く注目されているが,それでも 50 残基以上 のタンパク質を折りたたむのには成功していない。それはどの手法も特定の構造に近づくようにシミュレーションするわけでは なく,ただ多くの構造をサンプルするだけだからである。そこで狙った構造に近づくように力をかける新しい手法「へリックス・ ストランドレプリカ交換法」を提案し,ペプチドおよびタンパク質に応用する。この手法を用いれば 50 残基を超えるタンパク 質を世界で初めて折りたたみ,立体構造の形成過程を原子レベルで明らかにできると考えている。